にっき

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ごゆっくりどうぞ~
*しょっぷのお仕事について*
地味~な絵のお仕事についてのご案内

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3月


3月:「これってすごく、大切なものなんだね」


 文章としては続き物の途中で、「この前おへそを見てて思ったんだけど、これってすごく、大切なものなんだね。だって、これで僕とお母さんは繋がってたんだもん」というような前後があるものの途中の部分です。
 テーマ的に(特に元の文章を知っているので余計にかもですが)漠然としている上に一つの意味を持った文章の途中の部分を拾ってきてあるので、流れ的にどうしようかとかな~り悩みました(苦笑)

 とりあえず、大切なもの、で宝珠(昔の大名や貴族や天皇家が行列で渡った橋など特別な端の欄干で見ることが出来る雫のような形のぽてっとしたもの(笑))が思い浮かんだのでそれにしてみました。
 宗教的には仏教に近いでしょうけれども、お地蔵さんや大仏様や色んな仏様が宝珠を持ってらっしゃいますね。
 江戸時代くらいまでの俗説では、この宝珠を抱いて念をかけると子宝に恵まれるというジンクスのようなものがあるようです。
 だからそんなに関係なくは……ない、と思いたい(苦笑)


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1月


1 月:「ひとりじゃ何もできない赤ん坊の時があったなんて、今の僕には想像もつかないけど。」




 カリグラフィーを趣味にしている母が毎年カレンダーをその年に習得した字体で作って配ってまして、その為に毎年毎年毎年……こちらの論文との戦いなぞ知ったことかと12枚くらいすぐでしょ?と言っては要求してくるカレンダー絵(苦笑)流石に去年一昨年は忙しくてそれどころでなかったので描いてませんが、これは個人的にも気に入ったシリーズで、母の日に『Dear Mom』という動物たちの絶妙な瞬間を撮影して英文(日本語訳アリ)で載せているシリーズ本の一つを贈ったら、それに載ってる言葉をカリグラフィーで添えて描くから絵を寄越せ、という話になり(苦笑)
 それでも純粋に前から贈らなきゃと思っていた好きな本だったので、2時間近くで12枚という伝説的な記録を残した12枚のシリーズ。ちょこちょこ載せていこうかと思いまして。

 母が本の中から(出来るだけ出てくる順番に添ったようですが)取り出した好きな言葉を12ヶ月に当てはめて依頼してきたものです。

 という訳で最初は1月から。

 単純に本の初めからだから、という訳だけではなくて、子どもの頃を振り返るイメージで描きました。
 誰にでもあった時代ですけど、今振り返ってみて、あの頃の自分が今の自分を見たら、どう思うんでしょうね(笑)
 お友達のメコっちのブログが移転したのでリンク張り替えました(*゜◇゜)fc2仲間♪
 fc2はテンプレの種類が多くて使いやすいし機能も多いから楽しいので好きです。

 あ、それと手前味噌ですが、同じfc2で最近始まったミニブログPIYO(一言日記というか一言実況みたいなの)にもさりげなくリンクしてみました。HN違いますがあおりです。
 PIYOりたい方はどうぞ♪
 絵なし日記です。
 テンプレが変わってガラっと見た目が変わりましたが、中身は何も変わっておりません。カテゴリにお仕事の項目がちょろっと増えたくらいです。
 何でテンプレ変わったかといえば、この前リンクをいじってた時、JAVAメニューが開かなくなっておかしいなぁと思ってたら、以前使っていたテンプレの配布元サイトさんが閉鎖したか何かでバックアップが切れていたようで、それでエラってたみたいです。
 なので急遽テンプレ探し。
 出来ればINDEX風の仕様があって、カウンタ置いても絵を置いても差し支えない感じがいいなぁ、と、少し前に試しでDLしていたものをいじくって変更(やったのは殆ど同居人ですが)
 3カラムは一長一短ですが、まぁ白っぽいから平気かな、と。
 一番上の記事は保存記事なのでずっと変わりませんが、その内表示の仕方を変えるなり、TOP絵の下に案内を書くなりしたいと思います。
 またしてもテンプレ変えてみました。ちょっとでも空っぽく。(とか言いつつ、前のテンプレが改行とか文字表示とかがややこしかったというのが本音かも(苦笑))

 最近めっきり絵を(こっちに)描いてないです。
 8月頭から飼い始めたにゃんこ2匹の世話に追われてます。それなりに幸せな日常です。その他の部分では病院通いになってても……!(ぐっ)

 あんまりここの日記は暗くしたくないので余計なことは書かないで居るのですが、ここにあんまり記事が投稿されていないこととほぼイコールで(猫のこと以外に)あまり明るいらしい日記内容がなかったんだと想像してください(苦笑)あ、いや単に時間がなかったってこともあるんですけどね、えぇ。

 絵が描きたいよー。
 もう9月になっちゃうよー(9月1日から11日間ほど、またしても教育機関に通う日々が続くので、また更新しなくなると思われます)でも9月後半には更新したい……!と、今から意気込んでおく……。
 こういうことを考える自分に気づくと、何だか冒険心の薄い若者のように感じられたりして妙な気分になるのだけれど、あおりにとって一番貴重なのは平凡で居ることかもしれない、と深く思うことがある。


 高校時代の友人と話をすると、彼らにもそう思うことが多い人が結構居て、ちょっとしみじみしながら語り合ったりするのだけど、大方最後に出る結論の一つに「平凡って言葉を口にする時点でもうだいぶ諦めなきゃだ」というのがある。パンピーはパンピーという言葉を使わないという理屈と構造は一緒である。


 変化を恐れるタイプか、と言われると、それもまたちょっと違う。変わっていくことに関しては別に怖いとも嫌だとも思わない。生きていれば変わっていくものだし、変わるから面白いというのはある。だけど、「昨日と一緒じゃ嫌」という気持ちもあまりない。
 私にとって一番貴重なのは、平凡に穏和な生活があるということ。心も体も。そんな、毎日毎日無理にわくわくしていようとは思わない方みたい。だからってマンネリがいいわけじゃない。極端はよくない、なんでも。適度が大事。


 凄いことをやらかす人っていうのは、確かに常に変化を求めてるかもしれないし、それはそれでいいと思う。そういう人生のタイムテーブルはきっと面白いというか楽しいというか、わくわくするものだろうと思う。けど、今の私にとっては、毎日を毎日らしく、「日々」として平凡に過ごしていくのが一番の課題だったりする。別に「嫌になるほど変化に富んだ毎日なのか」ということじゃない、取り立てて凄いことがある日々でもないし、起こそうともしていない。でも、それが悪い生き方だとは私は思ってない。

 平凡に生きていこうとすると、隣で生きている身近な人との関わりを、仕事とは違う努力をもってやっていかなきゃならない。それは人生の変化を求めることとは違うけど、キープする努力とでもいうのか、それも大事な努力だと思う。
 常に変化を起こそう、違った瞬間であり続けようとする努力と同じくらい、有益な努力だと思う。


 自分の足元と、隣で生きる人をちゃんと見ていこうという努力。
 私が今、一番頑張りたい努力。
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