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「このはしわたるべからず」

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 一休さんです。今夜のトリビアでやっていたアレです。
 「お受験教育を受けている子どもに『このはしわたるべからず』というとんちを解かせて、一休さんと同じように橋の真ん中を歩いて解決するのは100人中……」という調査(最早トリビアの種は面白調査になっていると思う今日この頃)
 結果は見事に

 100人中0人

 という潔い結果になったわけですが(ここまで来るといっそキモチイイ結果ですよね)見てるこっちとしては、誰か一人くらい、あの話のエピソードを知ってて解決する子が居てもいいんじゃないかなぁと思っていたんですけれど、可愛らしい解決法を出した子こそ居れ、まんまの答えを出した子は居ませんでしたね。
 ハイハイして渡ったり、見事に「石橋を叩いて」ならぬ「石橋に石を投げて調べて」渡ったり、後ろ向きに渡ったり、可愛いカワイイ(^^)5歳とか6歳とかの子達、男女取り混ぜだったんですけれども、何と言うか、お受験もまぁ、止めはしないけども……という気分になった瞬間もチラホラ。
 「(分からなかったのが悔しいから)もう一回やりたい」と連呼して泣き出したり「ママ、ゴメンね……」と泣く子どもの気持ちが分かって辛いのと、そういうのを傍から見てなきゃいけないのが辛い。(ああいうときの子ども本人は、正直今すぐ死んでしまいたい気分なのよ、マジで。もうね自分に生きてる価値を感じないくらいなのよ、イヤホントの話)
 そんな気持ち、なる必要なんかないでしょ?5歳や6歳の子が。なっちゃってるのを傍から見ていたくないでしょ?子どもに必要ないじゃない。そんなの。

 あおりは小学校受験も幼稚園受験もしたことないけど、中学受験ならしたことあるし、色々事情があって公立中に行ったけど、あおりはその公立中が好きだったし、別に公立中に行ったからって行きたい高校に行けなくなったなんてことはなかったし、行きたい高校に行けて楽しい3年間を送ったけど、中学受験の時の親の不気味な熱心さを見て正直引いたものです。

 カメラの前で必死に泣くような我が子を見たり、「何で渡らなかったの?」なんて言うのがイヤなら、勉強よりも絵本読んでやりなさいよ。昔ばなしくらい本がなくても話せるでしょう。話せない?……親も勉強しなさい、童話くらい。デ○○ニーのCGアニメに任せる前に直に読んでやりなさいよ。

 あまり詳しい記憶はないけれど、あおりは確か小学校上がる前にはひらがなは少なくとも読めていましたよ。別に教育されたなんてことはないです、受験とかも関係なかったから。必要があったんです。文字や言葉を読めたり見て分かったり聞いて分かったりする必要があったからです。
 何故にって、昔ばなしが大好きでしたからね。TVで放送されていた『まんが日本昔ばなし』を1,2歳の頃から愛好していましたし、タイトル画面に出てくる文字が読めなかったり語られる言葉が分からなかったら面白くないじゃないですか。繰り返し見て聞いて、タイトルをビデオのラベルに新聞から書き写してくれる祖父にひっついて「字のおけいこ遊び」に興じて、何回も何十回も見て覚えていくんですよ。それで「物語って面白いなぁ」になっていくんですよ。
 色んな御伽噺を覚えたのもその頃、勿論『一休さん』も例外でなく。
 絵本はあまり買ってもらえませんでしたが図鑑を絵本代わりに(だってフルカラー!絵がいっぱい!)外に出かけていって草を眺めたり名前を覚えたりしてました。覚えていくと楽しいもんなんですよ、文字にしても言葉にしても。

 あおりは伝説的な計算ミスの女王で、脳みその病気を疑われるくらい計算モノは苦手でしたけれども、言葉に関してはそうやって敏感になっていたような気がします。


 何も、マイナーな一休さんのエピソードまで知っておけとは言いませんけれども、水あめの話と虎の屏風の話と今回の橋のエピソードくらいは今成人してるくらいの日本人だったら大抵は知ってると思いますし、お話してあげることくらい出来るんじゃないんでしょうか。
 早期教育やら幼児教育も色々やり方や論争はあるでしょうけれど、その「お話」くらいの作業も出来ないくらい忙しいですか?それほど親になる世代が怠慢になってしまいましたか?
 洗濯物たたみながらでもメシ作りながらでも口動かすくらい出来るでしょう。子どもって喜びますよ?お話してくれるってだけでもすごく。

 やってあげたらどうですか?
 5分や10分で済みましょーや。

 小さいときから英語仕込むのも止めはしませんけれど、そんなご家庭に一つだけツッコんでおきたいこと。
 ご存知ですか?

 バイリンガルやトライリンガルというのは、2つ以上の言語を母語として操るため、特に2つの内1つが日本語である場合、文法構造などの違いから、それぞれを完璧に使いこなすため、脳の使用量を分割してしまっていることを
 要するに、日本語用に半分、英語用に半分といった具合に。
 これがどういうことか分かりますか?
 そうやって成人になったとき、どちらの言語も完璧に使えるようでいて、日本語だけを使う人に比べて、日本語のために使える脳の量は半分ということです。

 これが重大かどうかを考えるのは人それぞれですが、バイリンガルだからといって、各々の言葉に脳みそ100%の思考力を使っていると思ってはいけません。人間の脳はそう有能ではありません。
 考える言葉の世界が増えれば、使える量は減るのです。

 少なくともあおりは、50%の日本語能力で成長し、生活する大人よりも、100%の日本語能力で精一杯日本語を美しく使う日本人の大人になりたいと思っておりますです。
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