『狂骨の夢』

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 金曜から親の旅行に付き合って名古屋に出かけていましたが、その移動時間のお供にと序盤で読書が止まっていた京極夏彦の『狂骨の夢』(文庫版)を持っていきまして、残り600~700ページあったのを帰りの電車の時間で漸く読了。文庫で900ページとか、もうどうかしてる感じのページ数ですけど、京極の文庫版ではまだ薄い方。『姑獲鳥の夏』はもちょっと薄かったわけですし、『狂骨』にしたって文庫版収録の際のレイアウトの関係で300ページくらい加筆してるみたいですから(それって大元と別の話になってんじゃないかという感じもしてきますけどね(笑))

 京極堂シリーズは、最初の『姑獲鳥の夏』からしてもうあおりにとっては色々と地雷原になり得る作品で、『魍魎の匣』はそうでもなかったですけど、今回の『狂骨の夢』も地雷原ド真ん中(ある意味)今になって読んだから大丈夫だったものの、あとちょっと読む時期が早かったらヤバかったかもしれません。『姑獲鳥』はまぁ、その地雷を取り除くのは死ぬまで無理かもしれないので、直撃を喰らった時も、半ば諦めが入っていたのですけど、『狂骨』は何とか助かりました。
 何がどう地雷原かって「心理学」です。
 今更ネタバレもないだろうと思うので(だって発売されたの何年前よ)正直に書いちゃおうと思うのですけど、ヤな方も居るかもしれないので詳しくは追記に。
 読む前から、元々この京極堂にあおりをハマらせた同居人に「地雷だと思う」ということは言われていましたので多少覚悟はしていました。序盤を読んでいて、降旗が出てきた時点で「あ、これか」と思ったのですが、降旗は色んな意味で、あおりが逃げ出した恐怖の元、にずっとこだわり続けて居る人のようでした。関口だって同じ種類の人間なのだろうけど、あおりは関口のところにすら行く前に逃げ出したから……(^^;)
 「心理学」は、そういう意味ではあおりや関口や降旗のような人間はやっちゃいけない学問だったのだろうと思います。今はもう、やるつもりないですけど。自殺行為だと分かっていますし。
 京極堂や榎さんみたいに構えられれば、地雷でも何でもないのでしょうけど(苦笑)

 京極堂シリーズでは、作品ごとにお気に入りのキャラというのが変わるんですけども(『姑獲鳥』では久遠寺涼子、『魍魎』では木場修)今回の『狂骨』では圧倒的に榎さん。そして伊佐間。勿論前述の降旗も嫌いにはなれない……自分とそっくりな部分を持っているもんだから。強いて言うなら、自分は降旗と伊佐間それぞれに近いものを持っているような気がします。伊佐間はちょっと、憧れの形でもあるかな。いいオッチャンだ(笑)

 しかし、これを読み終わって一つはっきりしたことがあるんですが、それは今年の夏に公開された『姑獲鳥の夏』の映画。そのキャスティングのミスマッチさ!(苦笑)
 映画を見た頃はまだ特に何も思ってなかったというか、まだ『狂骨』を読んでなかったもんだからそれぞれのキャラの認識がしっかりしてなくて、ふーんという程度だったのだけども同居人は「違う、何か違う~!」とモニョモニョしてたのです。特に榎さん。榎木津礼二郎がね。そしてそれと同じくらいに木場修が。
 けど、『狂骨』読み終わって(勿論それに加えて過去の京極関係の同人だとかファンの方々のイメージアンケートとかを見たということも裏打ちとしてあるんだけど)その気持ちがよーーーく分かった気がします。


榎さんは阿部寛じゃないわね……確かに。違うわね、あれはね……
そして木場修も宮迫じゃないわね……(; ̄▽ ̄)



きっと、映画の監督やった実相寺監督は『姑獲鳥』しか読まなかったんじゃなかろうか、という結論に至ったわけだけど、その可能性は非常に高いと思いますね。雰囲気とか、画面の切り方はとても面白くて、あおりは好みでしたし、あの長さと内容をあの時間に収めたのもすごいことだと思います。思います、けれどもね。
違う……榎さんは違うぅう~~っ
 『狂骨』読んで一番気に入ったキャラだったから余計になんか変な気分……。

 宗教絡みでもあり、世界観はとても好きな作品でした。だいぶ卑猥でアレな部分もありますけども(苦笑)『魍魎』とは別な意味で映画化は出来ない作品でしょうなぁ……映倫に引っかかりまくりだと思う……元から18禁の作品として作る、とかしかないんだろうなぁ(そこまでする前に、1本の映画に仕立てるのは無理だと思うけれども)
 教義や考え方に参道するというわけでは決してないけれども、鷺宮一党や<汚れた神人>たちの宗教的世界観は何とも言えず好みです。宗教という名前がつくかどうか分からないくらいの、「信じるもの」と「血脈」と「神」の世界。神様さえ人間くさい(というか元々は人間)この世界観・思想が好き。
 『木島日記』の「古代研究」をちょっと思い出す面もしばしば。時代が近いから関係なくはないと思うけれども。

 これからぼちぼちと『鉄鼠の檻』に入ります。文献漁りの片手間に……
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コメント
この記事へのコメント
しらんかった。文庫版は300ページ加筆してるんですか。私のはノベルズでして、何か出版社の文庫版の分冊作戦に腹を立てて総計で安い方のノベルズを買ったんです(笑)。そういえばこの作者は「版が違えば別の本だ」という人でしたが、中身もちゃんと変えてるのか・・・。
 ところで「狂骨」ですけど朱美さんが際立ってたように思いました。榎さんはやはり陽性の京極堂ですね。映画は観ていないんですが私の中ではラリってる阿部寛です。榎さんが主人公の作品もお勧めします。

今から鉄鼠ですね。感想をお待ちしております。
2005/11/30(水) 01:07 | URL | のほほん父さん #-[ 編集]
レス遅くなりました!ごめんなさい!

 京極好きの同居人が調べたところ、加筆は400枚、ということでした。これが原稿用紙で400枚なのかページで400ページなのかはちょっと分かりませんけれども、どっちにしろすごい量の加筆ですね(^^;)
 あおりはそれほど京極フリークというわけでもなく、京極堂シリーズも読み始めてそんなに経ってない、日の浅い読者ですが、最近の作家の中では十分気に入ってる作家の一人です。もうちょっと頭の回転が速ければ、もっと楽しいのでしょうけど(笑)

>狂骨の朱美さん
 「本当の」朱美さんは中々いい感じのお姉さんでしたねー。あおりも好きな登場人物の一人です。でもやっぱり『狂骨』でツボにハマったのは榎さんかな(^^)いいキャラだな~と思います。陽性の京極堂……確かに!
 それを考えると、映画『姑獲鳥』の榎さんは、ビジュアル的にもやっぱりチョット……な感じだと思います(^^;)作中で形容されてる印象とはやっぱりだいぶ違ったような(苦笑)

 榎さん主人公のお話というのも気になります。今はヒマを見つけては『鉄鼠』に励んでますが、その内読んでみたいと思います
2005/12/06(火) 01:23 | URL | 管理人あおり #-[ 編集]
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